本質を超える生き方の提案

魂の歩き方

枚聞神社(鹿児島)の御朱印や後利益!素敵な伝説のある神社!

投稿日:

Sponsored Link

神社に参拝に行くのが好きで、
私の影響を受けてか、娘が御朱印帳を
欲しがったので、買ってあげました。

 
御朱印帳を買って、ここ枚聞神社が、
最初の神社ではないのですが、
薩摩一の宮神社、ということで、
最初にご紹介しましょう!

JPEGイメージ-C72229A88B3B-1

ちなみに、一ノ宮神社とは、
地域内で一番、格の高い神社のことです。

鹿児島は、薩摩と大隅に分かれていて、
さらに、薩摩の一ノ宮神社は、
枚聞神社と新田神社の二つ、あります。

 
当初からの一ノ宮神社は、枚聞神社ですが、
後から、新田神社も加わってしまい、
もめた結果、どちらも一ノ宮神社とすることになったんです。

(意外とこだわることに、ビックリです)

薩摩一の宮 枚聞神社

枚聞神社(ひらききじんじゃ)の御神体は、
背面にそびえる、開聞岳(かいもんだけ)です。

 
開聞岳は、薩摩富士とも言われる、
小さな富士山のような、綺麗な、
円錐形の山なんです。

海沿いから見る開聞岳は、
とても美しく、絵になります。

JPEGイメージ-BCB52B687EA6-1
 

そんなに大きな神社ではないですが、
キレイな朱色の社殿で、境内は、
こざっぱりとして、立派なご神木が、
何本もあり、落ち着く雰囲気でした。

 
古文書とかある、宝物館もあったのですが、
子供達が興味なさそうだったので、
惜しみながら、スルーしました。

入館料は100円です。

 

枚聞神社の御祭神

資料によると、御祭神様は、

  • 大日霎貴命(オオヒルメムチノミコト)
  • = 天照大御神

     

  • 天之忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)
  • 天之穂日命(アメノホヒノミコト)
  • 天津彦根命(アマツヒコネノミコト)
  • 活津彦根命(イクツヒコネノミコト)
  • 熊野樟日命(クマヌノクスヒノミコト)
  • 多紀理毘賣命(タギリビメノミコト)
  • 狭依毘賣命(サヨリビメノミコト)
  • 多岐都比賣命(タギツヒメノミコト)

と、天照大御神さまを始め、
皇祖神八柱の神様を祀っています。

JPEGイメージ-2F3F27804DBD-1

※ 画像は全て、この資料からお借りしています。
(むやみに神社の写真を撮ると、怒る神様もいらっしゃいますので 汗)
 

創建は神代の頃とかなり古く、
一説によると、

天孫降臨で降りてこられた、
ニニギノミコトさまが、この地に来た時、
天照大御神さまを開聞岳に祀った、とも。

 
ちなみに、歴史に名前が出てくるのは、
860年、平安時代になってからです。

 
場所は、こちら。

住所:鹿児島県指宿市開聞十町1366
電話:0993-32-2007

 

枚聞神社の御朱印

御朱印は、境内に入って左側にある、
社務所でいただけます。

生垣をしてあるので、ちょっと分かり難いでした。。

JPEGイメージ-44699CF30512-1

 

枚聞神社の後利益

オオヒルメムチノミコトは、日本書紀での、
天照大御神さまの名前ですが、
オオヒルメムチの言霊を紐解くと、

偉大な光が安定し、
芽が生まれる、力の元

となります。

 
幼少期の頃の、天照大御神さま、
とも受け取れますね。

これから、何かを始める時に、
お力を貸して頂けそう
です。

 

安全な後利益

また伝説によると、開聞岳のあたりは、
竜宮界だったそうで、

  • 金運
  • 航海安全
  • 交通安全

という後利益があると言われています。

 
琉球からの使者も、ここに寄って、
海の安全を祈願したそうですね。

 

縁結びの後利益

また、境内に馬の銅像があるのですが、
これにも、面白い伝説があるんです!
 

なんでも、この辺りに住んでいた、
美しい女の子がいて、その噂は広く伝わり、
天智天皇(中大兄皇子)のお妃様となりました。

天智天皇から寵愛を受けるのですが、
他の侍女の嫉妬や妬みを買ってしまい、
この地に帰ってきます。
 

すると、なんと、天智天皇が、
白馬でこの地まで、追いかけてきたんだそう!!

そして、幸せに暮らしましたとさ。

 
その馬の世話係をしていた、子孫が、
馬の銅像を寄贈したものなんです。

 

天皇の位を捨ててまで、愛を選んだなんて、
とてもロマンティックな話ですよね。

ただ、史実には、このお姫様の名前も、
天智天皇が鹿児島に来たという、
記録もないので、本当かどうかは謎です。

 
ですが、大宮姫伝説として、
鹿児島の他の地でも、立ち寄った、
という伝説が残されていたり、

二人の御陵(お墓)が、
近くの指宿神社にあったり、

天智天皇は、山科に出かけた後、
靴しか残されていなかったから、
「殺されたんだろう」
と、そこに御陵を作った、とされていたり、
(諸説ありますが)

まんざら嘘でもなさそうな伝説に、
想像を掻き立てられて、面白いですね。
 

また、ゆっくりと立ち寄ってみたいです。

Sponsored Link

メルマガ登録

こちらからメルマガに登録できます。

お名前  
メールアドレス

-神社
-,

Copyright© 魂の歩き方 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.